たばこ

 にししたさんはすごいですね、よくやめられましたね

 なんていわれると、かなり戸惑ってしまいます。たしかに自分はかってチェーンスモーカーで、タバコが切れるのがいやで部屋にはカートンで置いてあって、ライターもたくさん溜め込んでいました。たばこをやめるなんてことは考えたことさえありませんでした。

 やめたんじゃなくて、吸えなくなったんです。そういえばまだタバコをすってたときにお医者さんから、あなたの肺はタバコを吸えるような肺じゃないんですけどねぇってため息をつかれた事がありました。肺活量は人並み以上だと思いますって応えたら、そういう問題じゃないんですってしかられました。

 お医者様の予言どおりに、体調崩してぼろぼろになって、タバコどころじゃなくなったことがありました。その時、ふとこのまま吸わないでもいられるんじゃないかって思いついたんです。でも誰かに言ったらきっとそのまま吸い出してしまうんじゃないかなんて考えたりしました。それで、たばこを吸っていないってことをしばらくずっと黙っておりました。

 いつでもタバコを吸えるように、胸ポケットにタバコとライターを入れていたんです。二週間ほどそんな生活を続けているうちに、なんとなくいけそうって気がしたので、封を切っていたタバコはそのままゴミ箱へ、カートンのタバコは近所の知り合いのところに黙っておいてくることにしました。それから、一月。もう完全に大丈夫だと判断すると、部屋中にあったライターをかき集めて捨てることにしました。

 決して自分からタバコをやめたといわないでおこう、誰かに吸わないの?と聞かれたら、うん、もう吸ってないんだと応えよう。そう思っていたのですが、なぜか誰もそんな台詞をかけてくれることはありませんでした。不思議なもので、いつのまにかタバコを吸わない生活が当たり前になっておりました。

 よく、タバコをやめた人がまた吸いだすのが、酒を呑む席だといいます。たしかに、タバコを勧められる機会が多くなりますが、なぜかわたしはそんなにつらいとは思いませんでした。かわりに酒に呑まれてつぶれることが多くなってましたが…

 で、わたしが一番タバコを吸いたいなぁという衝動に駆られたのが、信号を待っているときでした。ぼんやりと信号が変わるのを待っているときに、胸ポケットのタバコを探している自分に気づくことが何度もありました。チェーンスモーカーだったので、そういう時は必ずタバコを吸っていたんですね。今思えば迷惑なやつだったなぁって思います。

 かって喫煙者だった自分は、タバコを吸う方の気持ちがわかります。だから結構鷹揚に構えておりますが、それでも、もう吸わない人間でございます。ここで吸うなよとか、灰皿もってこいとか厳しく言っちゃいます。吸ってもいいから時と場所を選んでねって。

 喫煙者訴訟ってのがあったのかと少々驚きつつ、まとまりもなく。